何を得たいのか追求する人生(一)

あれは19歳のころ、ふと立ち寄った古本屋で
カールセーガンの『COSMOS』という本の上下巻2冊を
購入して読んでから私の世界に対する見方が
大きく変わってきました。

思えば小学校のころから、
小川の水の流れを見ながらプリズムのような
きれいな七色がなぜ見えるか、
青空のずっと向こうはどうなっているのか
身の回りのことが不思議で仕方なく

母に質問すると

「そうだな、どうしてかなー?」と一緒に悩んでくれる

母に聞いてもわからないんだ、と思い

だんだん質問しなくなりました。

その後も、星や宇宙などの物理現象について
知りたかったから『COSMOS』を見つけた時に
ピンとくるものがあったのでしょう。

 

古代の人のものの見方

読んだのは何十年も前だったので

内容はよく覚えていませんが
自分がここにいて、宇宙を見ていることに対して
強い衝撃が走りました。

「昔の人は、夜空の星を見上げて
夜になると空に真っ黒の布をかけて、その布の
虫食いの穴の部分から光がこぼれて見えるのが
星だと思っていた」

と書いてありました。

それを読んだ時、「そんなわけないだろ」
と思う反面、人の認識次第で真逆にみえる
天動説から地動説に変わったことも
よく理解できました。

それだけでなく、
人間という自分が存在するためには
宇宙空間から生まれた
その宇宙はどうなっているのか
この本でますます興味がわいてきました。

なにしろ、
自分が知っていることはほんの一部分で
自分が常識だと思っていることは、
視点を変えるとまったく逆にみえる。

それから私は、宇宙とは何か
時間とは、存在とは、人間とは何か
についてもっと知りたくなって
星やブラックホール、時間についての本や
雑誌『ニュートン』などを読んでいました。

中でも、アインシュタインの本(時間に関する
本など)や弁証法などは、
すべてを理解できませんでしたが
とても印象的でした。

真実を知りたくていろいろ科学の分野から
いろいろ勉強していましたが
次第に、広大な宇宙の中で自分や他の人が
ちっぽけな存在に見えてきた感じがしました。

自分(人間)って、存在って何なのか
ということには答えがまったく出せないまま
20代で仕事が忙しくなってきました。

物理系の本はあまり読まなくなる代わりに、
仕事の現場で使える経営や人間の心に関する
分野に関心が移っていきました。

続く